Author: Y. Kobashi
Date : 2000/07/15 (modified); 96/04/25 (created)


小橋康章,「決定を支援する」,東京大学出版会,1988
第2章 意思決定の研究

2.2 意思決定問題


2.2.1 具体的問題の解決のために [1B (コードは表2.1に対応)]

具体的な問題を意思決定問題ととらえることができるのは,あらかじめ意思決 定の行為やその支援への理論的な反省が行なわれてからのことである.しかし 意思決定は既に触れたように,制度化も進んでおり,私たちの日常生活を構成 する社会的な現象であるから,とりわけ意思決定の理論を学んでいなくても, 私たちは意思決定を行なうべき問題や事態について語ることができる.

意思決定行為は,てもとの問題を意思決定の問題と認識するところに生ずる. ある者にとっての意思決定問題が別な者にとっては意思決定とは別の問題と受 け取られることもある.眼鏡の選択のエピソードにしても,私たちが意思決定 のスキーマとも言うべきものを使って見ようとすればそう見えるのであって, 別にそうしなければならないという絶対的な理由があるわけではない.

例えば,社員の採用や適性検査の問題を,担当者がまったく意思決定の問題 と意識せずに扱っていくことは,それほどめずらしいことではない.適性検査 などは,かくれた能力の測定の問題であると認識される方が多いかもしれない が,これも一種の意思決定問題と考えたほうが都合のよいことがある (日本情 報処理開発協会情報処理研修センター,1987; 小橋・立田, 1987).また,勉強 の機会をさがしている人たちのための情報サービスを考えると,はじめ単に情 報の収集と検索の問題と考えられていたものが,むしろサービス利用者の意思 決定の問題と考えて,その支援に努めたほうが都合がよい場合が出てくる.以 下にいくつかの例をあげてみることにしよう.これらはすべて決定問題のレベ ルでのよりよい行動のための研究([1B]) を代表しており,2.2.2節の歴史学的な研究 とは対照的である.

(1)学習機会発見の支援

これは,現実の例だが,オランダのアムスデルダム大学の社会行動工学研究所 (Institute for Andragology) には成人教育のための情報サービスが設置され ていて,電話による問い合わせに答えている (Duivenvoorde et al., 1980). アムステルダム市では,ダンスやヨガ,柔道からウィンドサーフィン,アラビ ア語から日本語にいたるいろいろな科目を社会人を対象に教える成人教育のコ ースが開かれている.成人教育は学校教育と異なり,提供者も学習者も多種多 様だし,提供されるコースも内容,形式,日程などさまざまだ.コースの内容 は普通一年に一度または二度,新しいプログラムができたときに提供機関が発 表する.個人がその全てを集めるわけにはいかないし,また不定期なもの,臨 時のものなどもある.こうした沢山の可能性の中から,学習を希望するものが, 自分のニーズにあったコースを見いだすことが難しいのは言うまでもないこと である.

社会行動工学研究所のサービスは研究を目的とした実験的なもので,どんな 情報をどんな形で提供するのが適当か,そのためにどんな準備が必要か,実際 に問い合わせてくる人たちはどんな問題をどのように表現するか,といったこ とを調べているわけである.教育プログラム情報は,はじめ一件一件カード化 されて,カード・ボックスにファイルされていたが,やがてその一部は,相談 員の支援活動についての研究をふまえて,オンライン情報サービスの形態でも 提供されるようになった.

このサービスの初期には,プログラムの案内書に含まれる情報を相談員が使 いやすい形に構造化することに重点がおかれていた.しかし実験の過程で情報 の請求が英会話など特定の講座に関してのものに集中したり,検索情報として はじめは考えられていなかった条件,例えば利用者の自宅から講座の開かれる 場所までの公共交通機関を利用しての所要時間など,の重要性が明らかになる につれ,利用者がどのようにして自分にとって望ましい講座を決めていくのか, それを相談員がどう助けることができるかといった点に,重点が移っていっ た.

利用者が,英会話を習いたいが自分に適当なコースはどこにあるだろうかと 聞いてきたとき,英会話という科目や,費用,開催日などの検索条件で,機械 的に答えを出す行き方を情報検索型のサービスとするなら,意思決定(支援) 型のサービスは,なぜ英会話を利用者が自分にとって適当な科目と思うのか, ほかにはどんな代替案が考えられるのかなどを利用者と一緒に考えることも含 んでいる.

(2)職業選択の支援

就職を間近に控えた学生の立場で,自分の将来の職業を選択することが目的で ある場合を考えてみる.経済的報酬,好き嫌いのみで仕事を選ぶことの欠陥が 個人のキャリア開発の面から議論されている.また求職者自身にも自分がどん な仕事に向いているのか知りたいという要求がある.

こんな場合,職業選択の支援の一つの方法として適性検査が考えられる.職 業を適性によって選択するのは,学生時代に実務を体験的に学習する機会がな かったためであるかもしれないし,自分が何をしたいのかよくわかっていない からかもしれない.将来やりなおしをしなくてもよいように職業を選択したい わけである.このとき,生起しうる誤判断としては,自分がある仕事において 成功の可能性が特に高いのに他の職業を選んでしまったり,不向きなのにある 仕事についてしまうことである.こうした事態を避けるために職業適性の検査 を行なうというのもひとつの方法である.こうした適性検査を受けると,どん な方向に進めばよいか専門家に「教えてもらう」形になる.

しかしここで適性検査は,明らかに個人的な意思決定のためのひとつのデー タであるとするなら,専門家に指示してもらうというよりは,本人が主体的に 決定できるよう,適性検査とはどんな性質をもったテストで,それ自体がどん な誤判断の可能性をかかえているか,テストはどの程度の確からしさである結 論を主張しているのかなどを,意思決定者である学生自身にフィードバックす るべきであろう.どんなテストにも誤判断はつきものだが,こうして個人の意 思決定のために行なわれる適性検査において許容されるニアミス(near miss, 許容しうる誤判断)は,最適ではないけれども能力をかなり発揮でき,本人が 満足できる次善の職業が選ばれること,などであって,次に述べるような採用 試験の一環としての適性検査とは異なったものになる.

ここで述べたのは,ひとつの問題をそれまでの見方を変えて個人的な意思決 定の問題ととらえたときに,それまでは見えなかったどんな切口が見えてくる かである.求職者の立場に立ち,かつ求職者自身が積極的に適性の検討を行う というアプローチをとるなら,職種の内容,それが求職者自身にどういう長期 的な影響を持つものかなどについての情報を提供する方法,求職者の自己診断 の支援の方法などが研究されねばなるまい.こうした新しい課題と研究の可能 性は,問題に適用されるスキーマ(schema)がシフトした結果といってよいだろ う.

(3)採用試験の支援

今度は本書で扱う個人的な意思決定とは若干ずれてくるが,組織体による制度 的な意思決定を,上記の適性検査の問題と一見同じ採用試験のための適性検査 の場合で考えてみよう.適性検査という呼び名は同じでも,これを意思決定問 題とみると,個人の意思決定問題とはずいぶん違ってくることが明かであ る.

定員の100倍の求職者の中から情報処理要員を選ばなくてはならないある コンピュータ・メーカーの場合.ひとことで同じ情報処理要員といっても,さ まざまなタイプの人材が必要になるだろうし,求職者の中には大学で電子工学 や計算機科学を専攻していたものも多いだろう.特殊な知識を持つものには入 社試験を待つまでもなく,在学中から誘いをかけておくということもありうる. とすると,適性検査は特に専門知識に優れてはいないが入社してから情報処理 技術者として養成のしやすい,学習意欲が強く,理解力,推理力に秀でた候補 者を選ぶこと,また逆に,学業成績がよくとも性格に問題があったり,教育可 能性が低いとみられる候補を振り落とすことを目的とすることになろう.応募 者・候補者が定員に対して非常に多い場合はなんらかの方法で選択しなくては ならない.またそうでなくても,教育訓練のコスト,不適当な人を仕事に付け た場合のミスや事故のリスク,職場のモラールへの悪影響などを考えると,せ めて,全く適当でない人と仕事の組合せは排除したい.

 ここでの意思決定は,ひとりひとりの候補者について採用するかしないかと いう選択であるかもしれないし,候補者全員のうち誰が最も望ましいか,次に 望ましいのは誰かという順位づけの問題であるかもしれない.このとき生じう る誤判断としては,情報処理技術者として成功するかも知れない候補者を不採 用にすること,逆に望みのない候補を採用してしまうことである.ニアミスの 一例は,例えば意欲に関してはやや問題があるが,入社してからの指導によっ ては望みがある者を採用することであろう.このニアミスを上の個人的な意思 決定の場合のそれと比較すればその違いは明かである.

(4)結論

これまで必ずしも意思決定の問題とは考えられていなかったが,その気になれ ば意思決定のスキーマでとらえることのできる問題がある.こうした問題が 「真に」意思決定の問題なのか,それとも上の例のように能力の測定の問題や 情報検索の問題なのかと問うことには,それほど意味がない.充分な知識があ ればこうした事態を意思決定のスキーマでとらえることが「可能」であって, そうすることによって,上に示唆したような,あるいはこれから述べる意思決 定行為のレベルにおける研究の成果である理論を応用した,新しい行為の可能 性が開けることに注目したい.

2.2.2 歴史的事実としての意思決定 [1A

戦国の武将や,有名な経営者の歴史に残る決定,あるいはもっと頻繁に使われ る表現で言うなら「決断」の研究の例はいまさらここにあげるまでもあるま い.

ガルホファーら(Gallhofer et al., 1986)はオランダ王国の外交政策に関し て,閣議レベルでの意思決定過程を史料をもとに研究した.彼らは235件の 現実の政治的意思決定の事例を議事録などの公文書の内容分析を通じて検討し, 政治的意思決定者自身の問題のとらえ方と,価値観と,事象の確からしさに関 する発言が記録されている場合は,彼の結果としての選択も十分予測できたと 報告している.また政治的選択の正当化のヒューリスティックもたかだか7つ の意思決定規則で説明できるという.ガルホファーらの研究は典型的な意思決 定についての研究であって,しかも,むしろ大部分が第2のレベルの意思決定 行為についての研究に相当するが,彼らの研究と歴史上の意思決定の問題を純 粋に分析記述しようとする立場を対照させると, 2A1A の区別が明らかに なる.ガルホファーらの意思決定の主体は外交政策の立案者であるが,彼らの 抱えていた問題は意思決定問題ととらえることができる.この問題を歴史学的 に記述した研究もたくさんあるはずで,それらはガルホファーらの研究とは対 照的に,第1のレベルに属する.


2 意思決定の研究問題
2.1 意思決定研究の分類
2.2 意思決定問題
2.3 属性で表現される選択肢
2.4 確率判断の修正
2.5 確からしさと価値
2.6 結論

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