生徒が選ばなければならない職業は100種以上もあって,これまでのいろいろな研究によると,ここでの職業選択の決定は期待されるほどうまくいっていない.たとえば,訓練生の40%は,もう一度選択の機会を与えられたならば現在の職場は選ばないであろうと答えるし,一般にどんな選択肢があるのかについての情報も十分に使われていない.
生徒たちの意思決定が不満足なものに終わる原因の一つは,かれらが情報を処理するしかたに問題があるのではないかと思われる.本当は職業職場についての情報を体系的に求めて,自分自身のニーズと注意深く重ね合わせてみるべきなのに,最初にであった募集に深く考える事なく応じてしまったり,友人の決定につられて決めたりする例が多い.
面白いことに,職業ガイドブックとかテレビの特集番組とか,あるいは工場見学制度などの職業選択のための情報源についての生徒たちの知識はかなり豊かなものであることがわかっている.ところが情報が氾濫している割合には特定の職場についての実際の知識は乏しくて,「自分の選んだ職業にとって重要な技能を3つ以上あげよ」という問題には23%の生徒しか正しく答えられなかったという報告がある.しかも,同じ質問を選択以前に現在考慮中の職業についてすると,わずかに9%しか正しく答えられなかったという.
そこでアッシェンブレンナーらは,情報の提供の仕方に関してはこれまでも改善の努力がなされており,職業選択アドバイザの訓練もなされているにも関わらず,生徒たちにはどの情報が自分にとって真に重要かがわかっていないのであろうと結論する.そこで考案されたのが目標階層図を使う方法ある.
被験者である生徒たちは一人づつ実験者と面会し,作成手続きの教示を受けながら目標階層図をつくりあげてゆく.
第1のステップは,職業訓練の選択を行うのに被験者が自分で重要だと思う,考えつく限りの属性ないし属性値を,ひとつづつ磁石付きのプラスチックの札に書き出していくことである.属性とその値の区別はむずかしいこともあるが.たとえば「作業場の大きさ」は属性,「(作業場が)大きい」は属性値であると考えるのが普通である.ここでは被験者がもっている「よい職業」の概念を構成する,職業の性質の諸側面,すなわち属性値を抽出するのが狙いである.
第2のステップは,こうして書き出した性質を一般的なものと具体的なものとに分類することである.
第3のステップは,いよいよ階層化で,具体的な性質の中には,より一般的な性質のある側面を指定しているものがあることを被験者に告げ,この関係によって書き出した性質をグルーピングさせる.これと同時に,一般的な性質のもとにはもっとほかのまだ出されていない具体的性質があるのではないか,また逆にいくつかの具体的な性質をまとめるのにほかにも一般的な性質があるのではないかを問いかけていく.
第4ステップは,こうしてできてきたプラスチック板の階層的なグルーピングをスチールの黒板の上に展開する.性質と性質のあいだを線で結んで階層図を完成させる.ここでまた実験者は被験者に問いかけて抜けている項目があれば追加させる(図4.9).
第5ステップは,仕上げの第1段階である.実験者があらかじめ作っておいたマスター階層図から,一般的な性質の部分の性質をひとつづつプラスチック板に書き出したものを被験者に与え,被験者が望むならその一部または全部を完成に近づいた被験者自身の階層図に取り込むことを許す.マスター階層図というのは職業選択の専門家の助けを借りて準備したモデル階層図で,仕事の種類,教育の質,職業の社会的ステータスなどに焦点を当ててつくられた.被験者が重要な性質を見落とすことがないように準備されたもので,階層図の形で直接これを見せることはしない.
第6ステップは直前のステップとほぼ同じだが,こんどは最も下位の具体的な属性のレベルの性質だけを書き出して,プラスチック板のセットの形で提供する.
(図4.9) 生徒の作った目標階層図
この実験を行った翌日,被験者になった生徒たちはマンハイム市の雇用事務所に行き,1時間にわたって専門の職業選択アドバイザと面談した.アドバイザは前日の実験の内容や誰がどの群に属したかなどは知らされておらず,ただそれぞれの生徒との会話をテープに録音した.ここでの会話の内容はこうしたインタビューに通常のもので,来談者主導的に,生徒の側からまず現在どんな職業を考慮しているか,それぞれの職業のプラス・マイナスなどを話させる.つづいて生徒のもっと一般的な関心や,得手不得手,学校での成績などをさぐる.最後にアドバイザは話題にのぼったことの要点をまとめ,とりあげられたいくつかの職業についての情報を生徒に与えて,本人の興味や能力に合わせてどの職業が適当か助言をおこなう.さらに今後生徒がどんな順序で計画を実現させてゆけばよいかについてもアドバイスを与える.
録音された対話のプロトコル分析から,こうした作業を行った生徒たちは,単に職業のガイドブックやマスター階層図に反映されているような様々な問題を記述したパンフレットをもとに編集した資料を学習した統制群の生徒に比べて,平均で2倍(20個前後)の属性にふれ,選択の規準を明示した回数も多かった.しかし考慮された職業の数に大きな違いはみられなかった.
アドバイザたちはどの生徒がどちらの群に属していたか知らされていなかったにも関わらず,彼女たちが生徒から受けた主観的な印象も,実験群の生徒の方が自分の目標についてしっかりした考えをもっているというものだったという.
これらの結果からアッシェンブレンナーらは目標階層化の教示というデシジョン・エイドには職業訓練の選択を行う生徒の情報処理能力を改善する効果があったと結論している.
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