Author: Y. Kobashi
Date : 2008/04/23 (このサイトに移動); 2001/05/09 (作成)



小橋康章,「決定を支援する」,東京大学出版会,1988
第4章 意思決定を支援する
をもとに作成

4.3 多属性効用理論による選択の支援


この節に始まって4.5節までは,前節とは対照的に,不確実性をとくに確率のようなかたちであからさまに扱うことのない,確実な結果をもつ選択の支援を扱う.ひとつのテーマによるヴァリエーションといってもよいだろう.

4.3.1 功罪表の複雑化

第1章でフランクリンの精神的代数を紹介した.フランクリンの表は功罪表 (merit and demerit table)という名前で,今日でも,意思決定の方法の解説書に登場することがあり,さらにそれを複雑化したさまざまな変型が考案されている (近藤, 1981, pp.77-88).  最も単純な功罪表はフランクリンの表のようにひとつの政策の功罪すなわち短所と長所をまとめたものである.いくつかの政策を比較するには,一枚の表に政策というもうひとつ別の次元を導入する必要がある.同様に,政策のインパクトを受けるさまざまな方面や,立場を導入することによって,次第に複雑な構造が発達して行く(図4.4).

(図4.4) 功罪表の複雑化

層別功罪表はひとつの政策の立場ごとの受取方を一覧にしたもの,功罪衝撃表はひとつの政策の例えば,経済,文化,社会など各方面へのインパクトをまとめたものである.政策功罪表(図4.5)は上記の,いくつかの政策を比較するためにそれらの功罪を一枚の表にしたものであり,ここに含まれる情報を功罪衝撃表のそれと組み合わせると政策功罪衝撃表ともいうべき,いくつかの政策ないし選択肢のそれぞれが2つ以上の方面にそれぞれどのようなインパクトをもつかを表現する表ができる.この方面ごとのインパクトを政策の属性と考えると多属性効用理論における決定事態のモデルである属性値表(図4.6)と非常に近いものになる.層別功罪衝撃表はひとつの政策についてそれが立場の違う人々にそれぞれの方面ごとにどのようなインパクトをもつかを表わし,すべての政策についての層別功罪衝撃表をひとつにまとめるなら政策層別功罪衝撃表ができるわけである.

(図4.5) 政策功罪表

(図4.6) 属性値表

4.3.2 表形式の効果

研究者用のモデルとしてではなく,意思決定者自身に表の形式で選択肢を検討せよという教示が,意思決定に望ましい効果を本当にもたらすかどうかはまだよくわかっていない.一般に思考の道具あるいは情報伝達の道具として表がどのような性質をもっているかという点に関する傍証があるだけである(Wright & Reid, 1973; Larkin & Simon, 1987).しかし,表形式の決定支援の道具を使うことによって,意思決定者は衝動的な決定を避け,かといって不決断にも陥らないで,一定の質を保った決定ができるようになるものと考えられる.

4.3.3 住宅選択エイド

功罪衝撃表におけるインパクトの種類と功罪の表現の仕方の組合せを工夫すると,長所と短所をそれぞれ別の欄に書き込むのでなく,望ましさを表わすひとつの変数で功罪を表現することができる.図4.7は新しい住まいを捜している人がいくつかの候補をより効果的に検討できるよう工夫された,住宅選択エイドともいうべきものである.住宅を選択する際に心にとめるべきいくつかのポイントがあらかじめ専門家によって与えられていて,実際に家を捜している意思決定者は,まずこれらのポイントが自分にとってどれだけ重要かを数値で表現する.この重みづけは人により家族によって違うはずで,夫婦に小さな子供が3人と老人まで同居している家族には部屋数や庭のあるなしが重要なポイントであろうし,共働きの子供のいない夫婦には職場への交通の便がもっと大切であるかも知れない.しかし家を捜す者の立場と目的がいったん定まれば,この重みづけはどんな物件に対しても一定であるべきであろう.重みが決まると,次に意思決定者が行なうのは,ひとつの物件をそれぞれのポイントに関して採点することである.この得点はある物件がその特定の側面,または属性において意思決定者にとってどの程度望ましい物件であるかを表わしているので,この物件を選択するという「政策」の,居住者と住宅の関係のある側面へのプラスまたはマイナスのインパクトを表わしていると言い替えてもよいだろう.これらの得点をそれぞれのポイントの重要性で重みづけした平均がこの物件の総合評価になる.いくつかの物件についてこのような表を作ってみると総合的にみて比較的望ましい物件はどれかがわかってくるというわけである.また複数の表をひとつにまとめることによって,なぜある物件を自分は総合的に高く,あるいは低く評価したのか,どの物件とどの物件は比較的よく似ているかといった問いに容易に答えられるようになる.

(図4.7)

 個々の属性の上での選択肢の評価を総合評価にまとめるために使った手続きは,多属性効用理論では効用加算ルールと呼ぶ補償型の意思決定規則のひとつであった.こうした手続きで決定を行なうことの正当性を検討するには多属性効用理論を知る必要がある.多属性効用理論については第2章で簡単に触れたが,ここではその理論を適用するステップのほうに注目して選択のシナリオを提示し,4.5節の多属性効用理論の利用を支援する対話的なコンピュータ・プログラムの検討への橋渡しとしたい.

4.3.4 多属性効用理論による選択のシナリオ

多属性効用理論にもとづいた意思決定過程の理想的なシナリオは図4.8のようなものであろう.まずはじめに,何の目的で,何を目標に決定を行なおうとしているのかを,意思決定者は自分自身に対して明らかにする.例えば,同じく住宅を選ぶといっても立場によって求めるものはさまざまのはずである.子供が生まれるので大きな家に住みかえようとしている夫婦なのか,適当な投資の対象をさがしている投資家なのか,こうしたことが定まらなければ,後続の選択肢の準備や,目標を分析してどんな属性を考慮にいれるかの判断を下すステップを実行することが難しい.

 目標が成立したなら,これを達成するために,選択肢として考慮したいものを適当数さがしだしたり,そうした選択肢を表現するための属性を考える必要がある.選択肢の準備と属性の抽出はどちらが先になってもよいが,これらは属性値の評価に先立って行なわれる必要がある.

 選択肢と属性がそろうと,それぞれの選択肢をそれぞれの属性に関して評価することができる.多属性効用理論ではその評価値を主観的な望ましさの表現,すなわち効用と考える.眼鏡の選択の例でいうなら,フレームのデザインに関する望ましさの程度,掛け心地の良さ,価格の望ましさの程度などが属性ごとの効用に相当する.

(図4.8)

 こうしてすべての選択肢をすべての属性に関して評価した結果を表現する表,すなわち属性値表が完成すると,各選択肢の総合的な効用(Ui)を,

                            n
           Ui = Σwjaij
                          j=1
で求める.ただし,aijは選択肢jを全部でn個ある属性のうちの第j番目の属性で評価した値,wj は属性jに与えられる重みである.

 各選択肢の価値が決まると,その大きさの順で選択肢の選好順位が決まり,最良の選択肢がひとつ確定することになる.これで多属性効用理論にもとづく意思決定は無事終了する.


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